2006年03月02日(木)
音楽製作 -- 雪山童子

本日はこれまで未発表だった曲の中より「雪山童子」をご紹介します

Yutraインターフェイス>天降りし音の申し子>雪山童子

歌詞はお馴染みの 平安今様「いろはうた」を参考にしていますが
もともと この詩は涅槃経に出てくる「諸行無常偈」の意訳だと
ご存知でしたでしょうか 一見全く違う詞ですが意味が同じなのです
つたなき知識ながら 比較したものを現代語にも訳してみました

色は匂えど散りぬるを
我が世誰ぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて
浅き夢見し酔いもせず

諸行無常
是生滅法
生滅滅已
寂滅為楽

花は香るが散ってしまう
この世の誰も移り変わらぬことはない
有為の真理を今日も探究し
はかない夢や幻を見ることのないよう

もろもろのことは移り変わる
これこそが摂理なのだ
その変化を乗り越え
悩みの無い境地を楽とするのだ

さて この「諸行無常偈」(しょぎょうむじょうげ)は
雪山(せっせん)という童子(本来 修行者の意)に説かれたもの
とのことから「雪山偈」(せっせんげ)とも呼ばれています

雪山は釈尊の過去世の姿と言われ
はるかな昔 偉大なる教えを得んがため山で求道しておりました
そこへ現れ この尊い偈を説いたのが なんと恐ろしい姿の羅刹(鬼)
しかし羅刹は前半の2偈しか教えてくれません
おなかがすいて説けないと言うのです
そこで雪山は自分の肉を捧げる代わりに 後半の2偈を羅刹に請います
雪山は 怖かったでしょうに 相手の姿にとらわれることなく
身を犠牲にしても 本当に大切なことを見極めようとしたのでした

その雪山に応え 羅刹は残りの偈を説きました
そして突然 恐ろしい鬼の顔から一変 慈悲深い姿を現しました
なんと羅刹の正体は 諸天の中で最高位にある帝釈天だったのです

帝釈天は詫びました
崇高な求道の仏である雪山を試すようなことをして申し訳ないと
そして雪山は後の世に偉大な仏陀となるのです

ユトラはこの佛話がとても好きで これまで絵にも描いています

*

ちなみに曲には関係ありませんが「いろはうた」に戻って豆知識
かな手本としても評価されているこの詩

いろはにほへ と
ちりぬるをわ か
よたれそつね な
らむうゐのお く
やまけふこえ て
あさきゆめみ し
ゑひもせ す

7文字×7行の たて読みにて「咎無くて死す」
---罪が無くて死ぬ との解釈が存在しているのをご存知でしょうか

しかし それについて調べてみると世間に出回っている噂では
怪談だとか とても恥ずかしい勘違いも多いようなので
ここでしっかり釈明しておきましょう これは故意のギャグなのです
もっとも たて読みの文化はそれ以前からありましたが
そもそも このシャレの発端は 1748年(寛延元)に書かれた
浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」からきたものです
忠臣蔵 と言えば赤穂浪士47志
この数にあわせ 作者 竹田出雲が いろはうた47文字 にこじつけ
志士たちの罪をかぶるラストエピソードをもって演出したのでした



 


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