本日はこれまで未発表だった曲の中より「雪山童子」をご紹介します
歌詞はお馴染みの 平安今様「いろはうた」を参考にしていますが
もともと この詩は涅槃経に出てくる「諸行無常偈」の意訳だと
ご存知でしたでしょうか 一見全く違う詞ですが意味が同じなのです
つたなき知識ながら 比較したものを現代語にも訳してみました
| 色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見し酔いもせず
諸行無常 |
花は香るが散ってしまう この世の誰も移り変わらぬことはない 有為の真理を今日も探究し はかない夢や幻を見ることのないよう
もろもろのことは移り変わる |
さて この「諸行無常偈」(しょぎょうむじょうげ)は
雪山(せっせん)という童子(本来 修行者の意)に説かれたもの
とのことから「雪山偈」(せっせんげ)とも呼ばれています
雪山は釈尊の過去世の姿と言われ
はるかな昔 偉大なる教えを得んがため山で求道しておりました
そこへ現れ この尊い偈を説いたのが なんと恐ろしい姿の羅刹(鬼)
しかし羅刹は前半の2偈しか教えてくれません
おなかがすいて説けないと言うのです
そこで雪山は自分の肉を捧げる代わりに 後半の2偈を羅刹に請います
雪山は 怖かったでしょうに 相手の姿にとらわれることなく
身を犠牲にしても 本当に大切なことを見極めようとしたのでした
その雪山に応え 羅刹は残りの偈を説きました
そして突然 恐ろしい鬼の顔から一変 慈悲深い姿を現しました
なんと羅刹の正体は 諸天の中で最高位にある帝釈天だったのです
帝釈天は詫びました
崇高な求道の仏である雪山を試すようなことをして申し訳ないと
そして雪山は後の世に偉大な仏陀となるのです
ユトラはこの佛話がとても好きで これまで絵にも描いています
*
ちなみに曲には関係ありませんが「いろはうた」に戻って豆知識
かな手本としても評価されているこの詩
いろはにほへ と
ちりぬるをわ か
よたれそつね な
らむうゐのお く
やまけふこえ て
あさきゆめみ し
ゑひもせ す
7文字×7行の たて読みにて「咎無くて死す」
---罪が無くて死ぬ との解釈が存在しているのをご存知でしょうか
しかし それについて調べてみると世間に出回っている噂では
怪談だとか とても恥ずかしい勘違いも多いようなので
ここでしっかり釈明しておきましょう これは故意のギャグなのです
もっとも たて読みの文化はそれ以前からありましたが
そもそも このシャレの発端は 1748年(寛延元)に書かれた
浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」からきたものです
忠臣蔵 と言えば赤穂浪士47志
この数にあわせ 作者 竹田出雲が いろはうた47文字 にこじつけ
志士たちの罪をかぶるラストエピソードをもって演出したのでした
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